薬物依存と行動解析

 

 

 

g-links's blog

本ブログは,WEBサイト 神経行動解析リンクス (Neurobehavioral Links)

https://sites.google.com/view/behavior100/

の内容に基づいています。

 

 

故 柳田知司博士が,薬物依存研究遂行を主たる目的として設立した前臨床医学研究所 (1966-1996) の実験施設におけるアカゲザルとラットの薬物静脈内自己投与行動実験(著者撮影)。このような実験を実施することの動物実験の倫理に関しては,オペラント行動と神経科のページ内「6.4. 動物実験の倫理」  および 薬物依存の概念 のページ内 「 7.7.  薬物依存症と薬物乱用社会の過酷な現実」 をご参照ください。

 

参照 WEB サイト

sites.google.com

 

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1.  薬物依存と行動解析の関連性

上記 WEBサイトの 薬物依存の概念 のページにおいて,薬物依存の本質は精神依存にあり,これはヒトでは薬物に対する激しい渇望で特徴づけられると述べた。そして,この渇望は,強迫的な薬物探索行動 (drug seeking behavior) を引き起こす。一方,実験動物における薬物探索行動は,薬物自己投与法により検索できる。これは,薬物を強化刺激としたオペラント 行動として,主としてサル類と齧歯類などを用いて実施されてきた。これらの実験動物がレバー押し反応をすると,あらかじめ静脈内に植え込まれたカテーテルを通して,薬物が動物の体内に注入される。薬物が静脈内に注入されると,それは直ちに脳内に到達し,薬物効果が,速やかに発現される。このことにより,薬物の強化効果の有無は,極めて鋭敏かつ的確に検出される。

 

薬物が水に溶けない場合には,媒体(溶媒)に懸濁した薬物をカテーテルを介して胃内に注入する自己投与法がある。こちらは,薬物が消化器系から吸収されて脳に到達し,そこで効果を発現するのに,静脈内投与に比べて,少し時間がかかる。しかし,ヒトでは経口的に服用された薬物にも精神依存が形成されるので,動物の薬物胃内自己投与法も有用な精神依存性に関する検索法となる。一方,アルコールは水溶性であり,ヒトにとっても身近な依存性物質である。しかし,実験動物にアルコールを口から飲ませようとしても,味覚やその刺激性のために,通常はうまくいかない。だからといって,アルコールを静脈内投与すると血管への刺激性があり,動物に自己投与行動を形成できない。そこで,アルコールの場合には,実験動物の胃内にカテーテルを留置し,ここから吸収されるアルコールの自己投与行動を観察する。以上により,実験動物を用いた薬物依存研究では,薬物の静脈内あるいは胃内による自己投与行動実験が中心課題のひとつとなる。

 

オペラント 行動,ラットおよびアカゲザルの薬物静脈内自己投与行動,アカゲザルを用いた喫煙自己投与行動については,上記の WEBサイト オペラント行動と神経科 参照。

 

薬物依存研究においては,精神依存とその結果として生起する薬物探索行動が主要なテーマとなる。しかし,薬物依存の様々な側面には,種々の行動的要因が関わっている。その意味においても,各種の行動についての理解は,薬物依存理解の重要な手がかりとなる。ここでは,そのような視点からの行動についての用語解説を試みた。これにより,薬物依存についても,また行動それ自身についても,いっそうの理解が深まることを願った。

 

上記の WEB サイト 薬物依存の概念 参照。

 

行動についての用語解説に先立ち,下記の図には行動(反応)成立の基本構造について示した。まず,生体には生まれながらに2種類の反応が存在する。それらは,特定の外部刺激がなくても生起する自発反応 (emitted response) と特定の外部刺激により生起する誘発反応(反射) (elicited response or reflex) である。これらの反応は,生体が環境に適応する上で,生まれながらに備わった極めて重要な反応である。その生体が,さらにその環境で存続し続けるためには,これらのみでは十分ではなく,上記反応をベースとした学習行動の成立を必要とする。そこで,上記のうち,自発反応をベースにして成立する学習は,オペラント反応(オペラント行動 :operant behavior) という。一方,誘発反応をベースとした学習は,レスポンデント反応(レスポンデント行動 :respondent behavior) という。 生体の行動の大部分は,これら 4種類の反応(自発反応ー> オペラント反応,誘発反応ー> レスポンデント反応)成分から成り立っており,反応をこのような構造として,理解することが行動に関する全体的把握の上で生産的と考えている。それゆえ,以後の行動についての用語の記載には,このような枠組みを前提としたものとなる。

 

上記の WEB サイト オペラント行動と神経科 参照。

 

 

2.  オペラント行動とレスポンデント行動の成立

オペラント行動(反応)は,生得的な自発反応からスタートした学習行動である。一方,レスポンデント行動(反応)は,刺激に誘発された生得的な反応(誘発反応/反射)からスタートした学習行動である。生体の大部分の学習行動は,これらの側面から,分類あるいは分解して,行動の全体像を把握できると考えている。なお,反応や反射は,それぞれレバー押し反応や唾液分泌などのように,一つ一つの個別の反応単位をいう場合に用いられる。一方,行動は,それらの集合体として用いられることがある。しかし,反応と行動の質的内容は,基本的には同じであり,区別なく使用される場合もある。

 

上記の WEBサイト オペラント行動と神経科 参照。

 

 

 

3.  行動の用語解説

 

オペラント行動 (Operant Behavior)

実験動物による薬物探索行動は,静脈内注入された薬物を強化刺激としたレバー押しオペラント行動として形成できる。一方,実験動物が,レバー押しなどにより,餌やジュースを獲得する学習行動については,既に膨大な研究業績が存在している(本WEBサイト オペラント行動と神経科  参照)。Harvard 大学の B. F. Skinner などが,オペラント行動に関する学問と技術を体系化し,実験動物のみではなく,われわれ人間の大部分の日常行動や社会行動も,オペラント行動により成り立っていることを示した。

 

まず,上記に述べたとおり,ヒトおよびその他の動物には,学習以前の生得的な自発反応 (emitted response) の存在が前提となる。乳児がこの世に生まれて最初に示す行動の一つに,母親からのミルク摂取が挙げられる。最初は,乳首などへのおぼつかない接触反応が,だんだんと効率的かつ的確なミルク吸引摂取反応になってゆく。これが最初に確立されたオペラント行動のひとつとなる(レバー押し反応だけがオペラント行動ではない)。これをスタートとして,その後は,生存に必要な水分や食物などの摂取が,学習により形成されてゆく。このことからも明らかなように,まずは,様々な自発反応の生起があって,このうち生存に有効なものの生起頻度が高まってゆくことに,オペラント 行動の原理原則が存在する。これが安定的高頻度に生起するようになり,多様なオペラント行動の学習成立が起こる。ここには,環境刺激に対する様々な自発反応→それらの反応のうち,特定の反応と特定刺激の結びつき→その刺激が生存にとって有効であれば,この刺激獲得反応に学習成立がみられるという図式がある。これを反応の刺激随伴性 (response contingency) といいい,ここにオペラント行動成立の本質がある。ここでは,反応に対する刺激強化という原理が重要である。

 

自発反応とその学習行動であるオペラント行動とは別にもう一つの重要な行動がある。それは,刺激による誘発反応 (elicited response or reflex) であり,これの学習行動としてのレスポンデント行動 (respondent behavior) が存在する。この誘発反応とレスポンデント行動も,生物行動の重要な側面であるが,これについては,下記レスポンデント行動の項を参照されたい。

 

実験動物を用いたオペラント行動の実験的研究のほとんどが,餌やジュースなどを用いたものである。しかし,一方で,動物のレバー押し反応に対して,薬物を静脈内に注入する薬物静脈内自己投与オペラント行動については,薬物依存のうち精神依存を研究する中核的な研究方法となった。すなわち,精神依存を実験動物で検索する上では,薬物自己投与法により,薬物探索行動を観察し,そのことによって薬物の精神依存についての検索が可能である(本WEBサイト オペラント行動と神経科  ならびに 薬物依存の概念  薬物静脈内自己投与行動 参照)。

 

オペラント行動について理解する上で最も適切な教科書の一つとして,下記を挙げておきたい。本書は,プログラム学習により,読み進む構造となっており,一つ一つの知識と概念を確実に学習してから,次のステップに進むようになっている。通常の読書のように,理解してもしなくても,ページを読み進めてゆく場合とはわけが違う。本書を読み終えた後には,爽やかな達成感が残る。半世紀以上前の教科書ではあるが,オペラント行動科学の基本について適切に学ぶことができる。これが遺伝子工学分子生物学,免疫学など最新の医学/生物学の領域においては,古い教科書には歴史的意義は存在しても,正しい知識を吸収するには不十分な場合もあるかと思う。これらの領域では,研究対象をひとつひとつの要素に分解して,とことん分析/解明し続け,これまでの概念が大きくかわることがある。一方,行動科学研究も日進月歩してはいるが,行動という生体の最も高度にして統合された機能の枠組みについての考え方は,それが正しい限りにおいてではあるが,変わることがない。これが,下記の教科書が色褪せない理由と考えている。

Holland, J.G. and Skinner B.F.: The  Analysia of Behavior,  A Program for Self-Instruction. McGraw Hill Book Company, Inc. 1961.

 

また,下記は,オペラント行動に関するバイブルと呼ばれている。全編を読み切るには,少し努力が必要である。85年以上前に,若き Skinner が,Harvard 大学の学位論文として執筆した内容を含めて書籍にした。 

Skinner BF: The Behavior of Organisms: An Experimental Analysis. 1938, Appleton & Century, Reprinted by the B. F. Skinner Foundation in 1991 and 1999.

https://psychology.fas.harvard.edu › people › b-f-skinner

 

強化効果 (Reinforcing Effect)

アカゲザルやラットの静脈内あるいは胃内にあらかじめチューブを留置しておき,動物のレバー押し反応に対して,一定単位用量の薬物を注入する。もし,この動物が,持続的かつ頻回なレバー押し反応により,この薬物を安定的に摂取し続ければ,この薬物には強化効果が存在するといえる。また,この場合のレバー押し反応は,薬物によって強化された行動と定義し,薬物探索に関する学習行動が成立したとする。この過程には,まずは動物のレバーへの偶然的接触,それによる薬物注入,そしてそれが,次のレバー押し行動を強化するか否かという分岐点の存在がある。結果的に,レバー押し反応頻度が増加し,これが安定すれば,ここで薬物探索行動が確立し,薬物の強化効果が示されたとみなす。

 

薬物自己投与行動観察において,まずは生理食塩液などの薬物媒体をレバー押しに対して注入するコントロール条件を設定する。ここでのレバー押し反応数は低レベルであることを確認しておく。薬物による強化効果の有無は,このコントロール値を上回ることが条件となる。

 

強化スケジュール (Schedule of Reinforcement)

アカゲザルあるいはラットを用いた薬物静脈内自己投与行動実験で,最初はこれら動物のレバー押しに対して,一定用量の薬物をレバー押し反応ごとに注入する条件とする。これが基本となる連続強化スケジュール (continuous reinforcement schedule) である。

 

しかし,コカインなどの強化効果の強い薬物では,動物は頻回なレバー押し反応により,その薬物を過剰に摂取し,痙攣などを起こして,実験途中に死亡することがある。これでは困るので,通常は,この連続強化スケジュールからスタートし,一定のレバー押し反応の学習成立を確認した上で,次に間欠強化スケジュール (intermittent schedule of reinforcement) に切り変えて,動物が薬物を過剰摂取することを避けて,動物の薬物自己投与行動を長期間にわたり観察する。

 

間欠強化スケジュール には,強化に必要なレバー押し回数について,一定の比率を設定する比率強化ケジュール (ratio schedule) がある。たとえば,10 回のレバー押しごとに一定用量の薬物を注入するのは,比率強化10 スケジュール (fixed ratio 10 schedule) である。一方,一定の時間間隔を設定する定時間隔強化スケジュール (fixed interval schedule) もある。たとえば,10 分経過後の最初のレバー押し反応に対して,薬物を注入するのは,定時間隔10 分スケジュール (fixed interval 10-min schedule) である。

 

また,これらとは別に,上記のようにスケジュールの値を一定にせず,各レバー押し反応ごとにランダムな値を設定して強化するスケジュルールもある。しかし,この場合もランダム数ながらも一定の平均値を設定する。たとえば,変率 強化10 スケジュール (random or variable ratio 10 schedule) と 変時間間隔強化10 分スケジュール(random or variable interval 10-min schedule) などがある。変率強化10 スケジュールでは,ランダム回数ながらも平均は10 回ごとの強化とない,変時間間隔10分スケジュールでは,ランダム時間ながらも平均は10分ごとの強化となる。

 

正確性はなく,説明のための例としてのみ受け止めていただきたいが,変率強化スケジュールは,一生懸命顧客を訪問して営業をかけ,成約したら,それに応じて報酬が得られる仕組みと似ており,セールスマンスケジュールと言うことができようか。一方,定時間隔強化スケジュールは,サラリーマンが,毎月仕事をこなして月のうち定められ日に,月給を受け取れるサラリーマンスケジュールといえようか。また,変時間隔強化スケジュールは,店舗にお客さんがパラパラと訪れて買い物してくれる場合になぞれることができるであろうか。いずれの場合も,金銭を強化刺激として例を挙げた場合である。なお,金銭は,人間社会では最も一般的な強化刺激のひとつであり,最も強力な般化強化刺激 (generalized reinforcer) といわれる。

 

さらに,累進比率強化スケジュール (progressive ratio schedule) というのは,たとえば最初は fixed ratio 10 scheduleから初めて,これで動物のレバー押しオペラント反応が安定的に成立すれば,次に,その倍の fixed ratio 20 とし,さらに fixed ratio 40 ……… として,比率をどんどん増加させてゆく。動物が最終的にレバー押し反応を止める比率を求めて,これを強化刺激の効果の強さの指標とする。以上につき,言葉を変えれば,このスケジュールでは,各薬物の効果効果の強さを,レバー押し反応の消去抵抗の強さから捉えているといえよう(行動消去については,下記参照)。

 

アカゲザルを用いた薬物静脈内自己投与行動実験では,このスケジュールを用いて,コカイン,モルヒネメタンフェタミン,ニコチンなどが,この順番での強化効果の強さが観察されている。これは,これら薬物のヒトでの精神依存性の強さと対応しているといえる。

 

累進比率スケジュールの最終比率は,その比率での反応数が,あらかじめ定めた一定時間内に次の比率に到達しない場合と定義し,これを最終比率 (final ratio あるいは breaking point) と呼ぶ。この累進比率スケジュールでは,比率の増加の仕方や最終比率条件の決め方などに十分な検討が必要である。

 

強化スケジュールについての古典的書物として,下記を挙げないわけにゆかない。

Ferster, C. B.   and Skinner, B. F. :  Schedules of reinforcement. Appleton Centurt-Crofts,  1957.

 

行動消去 (Behavioral Extinction)

上記の薬物自己投与行動の実験において,レバー押し反応に対して最初に生理食塩液などの薬物媒体を与える条件とする。ここでは,明らかな摂取回数がみられないことを,まず確認する。このレベルをオペラント レベルという。その上で,次にコカインなどの薬液を摂取できるようにする。一定の摂取回数が観察でき,この薬物の強化効果が確認された後に,再びレバー押し反応に対して先の生理食塩液などの媒体を与える条件に戻す。薬物から媒体に切り替えられたこの段階では,最初は burst といわれる高頻度のレバー押し反応数が観察される。しかし,やがてレバー押し反応は,最初の媒体条件と同程度のオペラント レベルになる。このように,薬物の強化効果検索後の媒体摂取時反応の低下について,レバー押し行動に消去がみられたとする。

 

行動に消去がなかなかみられない場合を,消去抵抗が強いという。先の薬物自己投与行動における累進比率強化スケジュールでは,各薬物の消去抵抗の強さを測定している。すなわち,なかなか消去せず,消去抵抗が強い薬物ほど,その薬物に対する探索行動の程度が強いとみなす。さらに,この消去抵抗の強さは,ヒトでいえば薬物に対する脅迫的渇望の行動的表現ととらえることができよう。それゆえ,このような累進比率強化スケジュールの利用によって,動物実験でも薬物に対する脅迫的渇望に相当する激しい薬物探索行動が観察でき,したがって,その薬物の精神依存性が高い妥当性をもって検索できると考えている。薬物依存症の問題点は,薬物探索行動の消去抵抗が強いことにある。

 

累進比率強化スケジュール条件で薬物の強化効果の強さや程度を調べているのに対して,単なる連続強化スケジュール下での薬物自己投与行動では,薬物の強化効果の有無を調べているに過ぎないともいえよう。薬物に強化効果が存在することは,その薬物に精神依存性が存在する一つの条件とはなる。しかし,厳密な意味では,これのみで,薬物の精神依存性の有無は明らかではない。したがって,薬物の精神依存性について,より深く検索するには,連続強化スケジュールや間欠強化スケジュールのみではなく,累進比率スケジュール下での薬物に対する強迫的探索行動まで観察することが理屈の上では重要となろう。

 

刺激弁別 (Stimulus Discrimination)

前述の強化スケジュールのもとでの薬物自己投与行動が安定的に維持された段階で,たとえばランプ点灯中は,反応に対して強化し,ランプ消灯中は反応があっても強化しない条件を設定する。反復訓練により,動物はランプ点灯中には薬物自己投与行動を示し,消灯中にはその行動を示さないようになる。すなわち,ランプ点灯という外部刺激の有無に対応した的確な反応を示す。これを動物の刺激弁別行動という。そして,ランプ点灯の有無が弁別刺激としての役割を担ったとする。ランプのような視覚刺激だけでなくても,聴覚刺激でも,嗅覚刺激でも,適切な実験条件を設定すれば,動物はこれらの刺激の有無を弁別する。以上により,動物の行動に弁別がみられたという側面と,その刺激が動物により弁別(感知)されたという2側面が存在する。ヒトのように言語による指示を用いることができない動物の場合でも,感覚刺激の感知や感覚刺激の閾値などが,このような弁別行動を介して詳細に測定できる。

 

もうひとつ別の刺激弁別の事例として,薬物弁別実験について述べる。ここでは,ランプ点灯の有無などの外部感覚刺激を手がかりとせず,投与された薬物摂取時の内部感覚刺激を動物に弁別させる。ラットでもサル類でも。2個のレバー付きの実験場面において,たとえば,メタンフェタミン皮下投与後には,左のレバー押しに対して,また別の日には生理食塩液皮下投与後には右のレバー押しに対してのみ,それぞれ餌強化する。このような訓練を何日間かにわたり反復すると,メタンフェタミンと生理食塩水投与後の内部感覚の違いを,動物が左右のレバー押し反応のちがいにより弁別するようになる。この方法は,ヒトでの薬物投与後の自覚効果を検索す上での有用な動物実験法となる。薬物の自覚効果は,薬物の精神依存形成の質的側面と深く関わっている。従って,薬物弁別実験は,薬物静脈内自己投与実験と内容的にも方法論的に深い関係性があるといえる。

 

刺激般化 (Stimulus Generalization)

上記に説明した弁別は,生体が感覚刺激などを非常に細かく識別していく能力にもとづく行動特性であった。しかし,一方では,これとは逆に,その弁別には融通性が存在する。このような行動特性が,刺激般化である。たとえば,人間の言葉は,マイクロフォンで録音して,音響学的に解析すると,人によって様々な物理的違いがあるが,言葉としてはひとつのものとして受け止められる。物理的空気振動の特性に違いがあっても,一定範囲内の類似した空気振動は,同じ言葉となる。また,別の例で,交通信号器の赤,黄色,青のそれぞれの意味は各国共通であろう。しかし,国によって,それぞれの色の物理学的波長特性は少しずつ異なっている。物理的特性が少し異なっていても,一旦色覚として人間に認識されれば,同一の行動を制御する刺激としての役割をはたす。脳に備わった刺激般化と刺激弁別の仕組みのおかげで,生体は環境に的確かつ融通性を持って適応することができる。

 

先の薬物弁別の例について,刺激般化との関係について述べよう。メタンフェタミンを弁別した動物は,般化テスト薬物のコカインを投与されると,メタンフェタミン側のレバーを選択する。メタンフェタミンの内部刺激効果は,同じ中枢神経興奮薬のコカインの効果に般化したといえる。クロルプロマジン などの中枢神経抑制薬などをテストしても,メタンフェタミン側のレバーを選択することはない。これは,中枢神経興奮薬と同抑制薬とは弁別されており,両者に般化はみられないことを意味している。

 

条件付けプロセス (Conditioning Process)

これまでに述べてきた行動の大部分は,生体が環境刺激との相互作用において学習したものといえる。すなわち,自発反応にしても,誘発反応にしても,これらが学習され,それぞれが,オペラント反応とレスポンデント反応として成立するプロセスが条件づけである。脳内には,それぞれに対応した神経ネットワークが形成されてゆくに違いない。その内容の全容が,神経科学 (neuroscience) によって,明らかにされる未来は存在するであろう。また,コンピュータによる deep learning などで,学習プロセスが模倣されており,この方面からも,条件づけプロセスの内容が明らかにされることを期待したい。

 
条件刺激 (Conditioned Stimulus)

上記の条件づけプロセスで,環境刺激のうち,本来的には特定反応と何の関係も無いにも関わらず,ある反応に一義的に深く関わる役割を担う部分が条件刺激であり,その反応は,これにより制御される。しかしながら,条件刺激は,もともと反応の生起とは無関係な,中性的なものであり,条件付けを通して,反応が条件刺激と一義的な関係を持つ過程が成立する。この段階における条件刺激には,刺激弁別と刺激般化の両面の現象がみられる。しかし,条件刺激の提示においても,反応が強化されつづけなければ,消去が起こり,条件刺激が反応を制御することがなくなる。

 

正強化/ 負強化/ 罰 (Positive Reinforcement / Negative Reinforcement / Punishment)

行動科学的分類に従えば,まずは正強化と負強化に基づく行動が存在する。これまでに,主として正強化について述べてきた。これは,餌,ジュース,静脈内注入される薬物などを求めるオペラント反応が,高頻度かつ持続的に維持されている状況をいう。一方,負強化による反応は,電気ショックなどの刺激を逃避または回避する状況をいう。逃避反応は,ショックを受けている最中に,レバー押しなどにより,そのショックから逃避する反応をいう。一方,回避反応では,ショックを受ける前に,あらかじめブザー音などの条件刺激を警告音として提示する。反復訓練により,警告音提示の段階で,ショックを受けずに回避反応を示すようになる。

 

上記の場合の電気ショックなどは,学習により逃避あるいは回避可能であるが,一方,罰というのは回避も逃避もできない状況をいう。正強化条件で,動物がレバー押し反応により,餌を獲得するオペラント行動において,レバー押し反応に同期して,あるいは同期せずに電気ショックを提示する状況が,例として挙げられる。この期間には,通常,ランプあるいはブザーなどの条件刺激を提示する。このような状況下では,動物の反応は抑制される。しかし,この動物に,抗不安薬ベンゾジアゼピン系誘導体であるジアゼパムなどを投与すると,電気ショックによる反応抑制がはずれ,ショックを受けるにもかかわらず反応し続け,薬物による脱抑制効果が観察される。

 

下表には,正強化,負強化,罰については,「オペラント行動の成立」 として示した。

 

 

 

強化と報酬の違い (Reinforcement or Reward)

日常的あるいは一般的に,食物やジュースは報酬といわれることがある。しかし,食物は満腹の動物には報酬とはならないし,拒食症に苦しんでいる人にも,同様であろう。行動科学としては,食物やジュースなどの刺激は,それを求める反応の有無により,強化刺激としての有無が判定される。もし個体が,食物なりジュースを求める反応があれば,このプロセスを強化と呼び,食物などを正の強化刺激と呼ぶ。もし,個体がそれらを求める反応を示さなければ,このプロセスは強化とは呼ばず,それらは強化刺激とはいわない。したがって,強化刺激とは,あくまでも個体が,置かれた環境の中で,それらを求める反応を持続的高頻度に示すかどうかによる。特定刺激がどのような条件下でも報酬であり続けるという決めつけはしない。強化はあくまでも生体と環境との関係性の中で,客観的,記述的に行動が成立するかどうかによって,相対的に決められる。しかし,日常的会話の中で,報酬という言葉を使用することには,何の問題もないと考えている。



レスポンデント行動 (Respondent Behavior) 

レスポンデント行動(反応/反射)については,パブロフの条件反射が分かりやすい。まずは,無条件的な刺激である食物の提示により,イヌの唾液分泌(無条件反射/反応)を確認する。次に,中性的刺激であるブザー音が唾液分泌を示さないことを確認した後に,この中性刺激と食物をペアーで反復提示する。このような操作により,中性刺激であったブザー音が,それのみでも唾液分泌(条件反射/反応)を示すようになる。

 

唾液分泌などの生理学的反射以外の条件反応の事例としてプラセボ効果について述べてみよう。中枢神経系に作用する医薬品の常用者が,薬効のない媒体のみを投与されても,薬がある程度効いた感覚を持つことがある。薬理学におけるプラセボ効果が,ここではひとつの例として挙げられよう。

 

レスポンデント行動では,まずは,無条件反応(反射)を誘発する無条件刺激の存在が前提となる。そこで組み合わされた中性刺激により,レスポンデント行動が条件づけられる。一方,オペラント行動では,まずは自発反応の存在が前提であり,これが特定刺激と組み合わさり,強化として条件づけられる。この点で,両者には行動の成り立ちに違いが存在する。

 

「薬物依存と行動解析」という本課題では,レスポンド行動を最後に解説し,それ以外は,主としてオペラント行動について述べた。その理由は,薬物依存の中核である精神依存を実験動物で検索する最も妥当な方法が,薬物(静脈内/胃内)自己投与行動という薬物探索行動であり,これがオペラント行動であるからである。レスポンデント行動の重要性を軽視する意図はない。

 

 

4.  薬物依存の成立プロセス

 

 

中枢神経作用をもつ多種類の薬物のうちのいくつかのものについて,その反復摂取により,薬物依存という状態が生体に形成される。薬物依存は,精神依存と身体依存に分類される。薬物依存の形成ならびに維持における主役は,精神依存となる。これは,薬物に対する強迫的渇望で特徴づけら,脳内神経ネットワークにそのような構造が形成確立されてしまうと考える。動物実験では,ヒトでの精神依存の状態に類似したものとして,静脈内/胃内薬物自己投与行動により,薬物探索行動が観察できる。一方,精神依存に基づいて反復摂取された結果として,身体依存という状態も,別途,生体に形成される。身体依存は,neuroadaptation とも呼ばれ,薬物の反復摂取の結果として現れる生体の適応現象の一つである。身体依存形成の有無は,薬物の反復摂取を中断したときに,退薬症候(離脱症候)の発現の有無として検出できる。これは,薬物の種類により,嘔吐,痙攣,発汗などの激しい症候がある。なお,この図では,身体依存について,精神依存の部分集合として記載した。それは,すべての依存性薬物に身体依存が形成されるわけではないからである。さらに,以上のような薬物反復摂取をとおして,依存の核心ではないが,薬物に対する感受性変化が生体に発現する場合がある。これは薬物に対する耐性や増感作用であり,薬物依存に対して,少なからぬ影響をもたらす。

 

一方,非依存性薬物の反復摂取によっても,身体依存に相当する生体の適応現象が生ずる場合がある。これは,非依存性薬物の退薬症候の発現としてあらわれる。たとえば,抗炎症や免疫抑制に使用されるステロイド剤(副腎皮質ホルモン)を治療のために服用していて,突然中断すると炎症の増悪や原発性副腎皮質機能低下症などの退薬症候が起こる。この様なケースについては,薬物の主たる作用が中枢神経系ではなく,また精神依存が主要な課題ではないために,図の表記中の薬物依存の枠組みからははずしてある。

 

上記 WEB サイト オペラント行動と神経科 & 薬物依存の概念 参照。