マーモセット・ パーキンソン病 モデル

           

g-links's blog

本ブログは,WEBサイト 神経行動解析リンクス (Neurobehavioral Links)

https://sites.google.com/view/behavior100/

の内容に基づいています。

 

コモンマーモセットの

パーキンソン病 (PD) モデル

1. 緒言

神経毒 MPTP  (1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine) を小型サル類コモンマーモセットの皮下などに末梢投与すると,振戦,無動,姿勢保持障害,筋固縮などの行動変化が数ヶ月以上にわたり持続的に観察される。このマーモセットの脳を in vivo (生存のまま) レベルの Positron Emission Tomography (PET) あるいは  in vitro レベル (死後摘出脳)の免疫組織学的方法で,それぞれ検索すると,黒質-線条体ドーパミン神経の変性あるいは脱落がみられている (Ando et al., 2012)。

 

このようなMPTP処置マーモセットは,行動的症候上も,脳の神経変性上も,パーキンソン病 (PD) の病態に極めて類似している。従って,これは PD に関する疾患妥当性の高い実験動物モデルと考えられ,これまでも多くの研究者によって利用されてきた (Jenner and Marsden, 1986, 野元,1995)。MPTP 利用による PDモデルについては,マカク属サル類やリスザルなどでも同様であり,歴史的には,むしろこれらのサル類の方が,マーモセット以上に利用されていたといえる (Langston et al., 1984)。

 

しかしながら,マーモセットの MPTP処置PDモデルには,マカク属サル類とは違った利点が存在すると考えているので,この点を特にクローズアップして,項目別に以下に記載した(安東,2018)。

 

下記 WEB サイト参照

 

 

マーモセットMPTP処置モデルについての著者の和文解説PDFは下記 URL 参照  

https://researchmap.jp/read0179769/published_papers/19447809

 

2.  PD モデル作成のための実験動物種の選択

まず,本課題の前提条件として,MPTP の神経毒性は,ヒトとサル類に発現することを述べておきたい。ラットならびにマウス(一部系統を除く)では,薬物代謝の種差による違いから,当該毒性発現を観察できない。したがって,MPTP による PD モデル作成は,基本的にはサル類が第一選択となる。

 

3.  実験動物としての扱いやすさ

マーモセットは,大型のマカク属サル類に比べて小型であり,攻撃性も少なく,一般的に実験動物としては取り扱いやすい。さらに,MPTPを使用する実験の場合には,たとえば,その投与とその後の動物のケアーなどの過程における MPTP の毒性からの安全性と労力の面に関して,実験者にとってマーモセットの利用には,マカク属サル類に比べて大きな利点があると考えている(上記 WEB サイト参照)。

 

4.  神経毒 MPTP 純末とその溶液の保管,使用,管理

この神経毒は極めて慎重な取り扱いが必要となる。もともとは,ヒトが摂取し,重篤なPD様症候発現がきっかけで,MPTP がサル類を含む実験に使用される様になった経緯を考えれば当然であろう。ただし,その時の薬物乱用者が積極的自発的に MPTP を大量摂取した場合と,実験者が実験場面で MPTPを注意深く慎重に取り扱う場合とは区別して考えるべきである。そうは言っても,実験使用目的での MPTP 純末の保管,その溶液の調製,調製液の保管,調製液の投与,投与後の動物排泄物処理などのプロセスは,実験者の安全のためにも極めて慎重にすべきである。これら一連の手順については,標準操作手順書 (Standard Operating Procedure: SOP) に定めて,これを遵守する必要がある。また,次亜塩素酸ナトリウム溶液は,適切な濃度と時間経過の中で,MPTPの毒性を弱めることが知られており,これを適切に利用することが重要である。

 

5.  安全な MPTP 使用による PDモデル作成

マーモセットの PD モデル作成における MPTP投与手順は多くの試行錯誤を経て確立してきた。MPTPは,生理食塩液など水溶液に溶解させるために, MPTP HCl を購入し,使用する。投与スケジュールは以下の通りである。MPTP を,連続した3日間に,それぞれ 2 mg/kg, 2 mg/kg, 1 mg/kg (マーモセットの症候によっては 3日目も, 2 mg/kg) を皮下に投与する (Ando et al, 2020)。ただし,この用量は,MPTP を base dose として計算したものである。MPTP HCl として塩込みで計算する場合には,それぞれ,上記用量の 1.2倍の MPTP HCl を用いることになる。念のために述べておくと,MPTPは,水溶性のない  MPTP base 純末を入手するのではなく,MPTP HCl を入手する。

 

MPTP投与後のマーモセットには自発的な摂食と摂水が2週間以上にわたり殆どみられなくなる。そこで,水分と栄養の補給,電解質ブドウ糖の補給などを,休日を含めて1日複数回実施する必要がある。この労を惜しむと,マーモセットは衰弱して死亡してしまう。MPTP投与実験を実施する場合には,ここが,最も重要なポイントのひとつとなる。

 

一方,マカク属カニクイザルの場合には,MPTP HCl 1 mg/kg 程度を1回のみ皮下などの末梢に投与して,様子をみる。1 ないし 2 週間ごとの間隔をあけて,同程度の用量のMPTP投与を数ヶ月にわたり反復する。この間には,マーモセットの場合同様に,実験者が1日複数回の栄養補給を休日を含めて実施する必要がある。また,MPTPを含む大量の排泄物処理なども加わり,マーモセット以上の労力と手間がかかる。おまけに,カニクイザルの場合には,MPTPに対する感受性の個体差が,マーモセット以上に大きく,あるサルには,明確な症候発現があるが,他のサルには,同じ投与条件でも何の変化も見られないことがある。また場合によっては,理由が分からずに,急激な身体的衰弱などで突然死亡してしまう頻度がマーモセット以上にある。

 

以上のことから,マーモセットの PDモデル作成には,実験者の安全性,実験実施の効率性,データの信頼性などの面において,マカク属サルを超える利点が存在すると考えている。マーモセットの MPTPに対する感受性の個体間変動の低い理由については,マーモセットが,管理された条件下で多世代にわたり,永年繁殖飼育され,このことで個体間に均質性が保たれていると考えている。そして,これは,データの信頼性にも関わってくる。


6.  MPTP による PD様症候発現とその測定法

PD モデルというからには,MPTP投与後の行動変化が,PD様症候を発現し,それが持続する必要がある。直後には,急性の MPTP毒性効果が発現し,自発的な摂食や摂水がなくなり,マーモセットは衰弱する。これから回復してくる 2週間後くらいから,前記の通り PD様症候としての運動時振戦,姿勢保持障害,筋固縮などがみられる。また,MPTP投与直後の急性毒性や衰弱などにより動かないこととは違った形で,無動もみられる。

 

そこで,これらの PD様症候をどう的確に測定するかという課題が存在する。まずは,症候の全体像をとらえることが必要である。あらかじめ,運動機能などについて項目立てしてある Dysfunction score などにより,熟練した観察者が,MPTP処置マーモセットの症候の有無について,処置前と比べてどう変化したかを観察,記録する (Ando et al, 2008)。このような肉眼による観察記録は,マーモセットの行動を全体的鳥瞰的に把握する上で極めて重要である。医師が PD患者を診断し,投薬などの治療効果を把握する上でも,Unified Parkinson’s Disease Rating Scale (UPDRS),Hoehn and Yahr の重症度分類やその他のスコアを利用していることが参考となる (Yahr, 1993) 。これらのスコア観察は,PD患者の症候を全体的に把握する上でのスタートであり,治療の効果をみる上でのゴールでもあり,極めて重要な観察である。

 

一方,マーモセットの実験では,肉眼観察によるスコアとは別に,マーモセットのPD様症候を客観的定量的に測定することが重要となる。なぜなら,医薬品候補物質や細胞移植などの処置に,症候改善効果が存在するか否かについては,客観的定量的に明確に判定する必要があるからだ。そこで,個別飼育ケージ内のマーモセットについて,運動感知センサーにより,その自発運動量 (Locomotion or Spontaneous Motor Activity) を何ヶ月にもわたり連続的に記録する (Ando et al, 2020)。MPTP投与 1ないし2週間後からの運動低下については,PD様症候の重要な指標の一つである無動の客観的定量的指標となる。薬物や細胞移植などの処置の効果判定において,無動が改善するか否かを一義的かつ鋭敏に捉えることができる点,この指標を利用する大きな理由が存在する (Ando et al, 2008)。

 

振戦なども客観的定量的にコンピュータ画像解析などにより把握できる。しかし,この行動は,自発運動量のように全体的な行動として把握できるものではなく,時としてみられるエピソーディックにして部分的な行動として現れる。それゆえ,振戦の測定だけで,薬物投与や細胞移植など処置の効果を鳥瞰的かつ大局的にとらえるには十分とは言えない。その他の症候である姿勢保持障害,筋固縮などについても,個別に測定した場合には,振戦と同様に部分的側面の観察にとどまるといえよう。しかしながら,これらを的確に客観的かつ定量的に測定把握することは,学問的には重要な研究テーマである。医薬品や細胞移植の効果の有無を一義的に判定することを目的とした前臨床医学研究と学問的な研究とは,研究を進める上で,最終目的が異なり,区別して考える必要があろう。

 

以上により,前臨床医学研究におけるPD モデル マーモセットは,医薬品や細胞移植などの効果を判定するために有用でなければならない。その意味において,PD様症候に関する全体的な症候を肉眼観察によりスコアで把握し,同時に自発運動量をセンサーにより,客観的定量的に把握するのが適切と考えている。これにより,動物実験による科学的基礎的データを,ヒトPD への処置の適否判定のための一つのベースとして提供できると考えている。

 

7.  MPTP による黒質線条体ドーパミン神経変性とその検出法

MPTP 投与による上記の症候発現は,主として脳の黒質線条体ドーパミン神経の変性脱落によると考えられている。実際に,多くの研究において,病理組織学的にも,生化学的にも,神経細胞学的にも神経変性を裏付ける事実がすでに公表されてきた。また,PD モデルサル類における Positron Emission Tomography (PET) などによる in vivo 画像解析によっても,ドーパミン神経変性などが,症候発現と並行してとらえられている(下記 WEB サイト参照)。

 

 

 

前臨床評価研究においても,PD モデル マーモセットを用いて PET 測定を実施した (Ando et al, 2012)。その結果,ドーパミン神経トランスポーターへのリガンド [11C]PE2I の線条体被殻)での結合能と無動の症候指標である自発運動量低下は,r = 0.98 という高相関を示した。このことは,マーモセットの PDモデルにおいて,ドーパミン神経変性と症候発現は,ほとんどパラレルであることを物語っている。また,マーモセット の死後脳については,tyrosinhydroxilase(TH)による組織学的検索でも,MPTP処置マーモセット脳の TH染色部位は著しく減少し,ドーパミン神経を含むカテコールアミン神経が脱落していることがよくわかる。NIH Image J による染色部位の定量化による検索において,線条体の TH 染色面積の減少と症候の運動量減少は,相関があり,その係数は 0.83 あるいは 0.93 であった(上記 WEB サイト参照)。

 

 

医薬品や細胞移植などの前臨床医学研究においては,症候改善とそれの神経学的裏付けが重要であるために,PDモデル マーモセット の神経変性とその保護作用について,定量的に明確にとらえる必要がある。 マーモセット PDモデルは,その症候同様,神経変性についても明確にその脱落と保護作用などを検出できる実験系が完成している。このモデルにおいては,ヒトの PD の症候発現と神経変性の点でも類似性があり,また医薬品開発やその他の治療法に関する前臨床医学研究において有用である点で,神経精神疾患研究領域においては,数少ない疾患妥当性のの高い有用な実験動物モデルといえよう。その理由は,PD モデルが,ヒトとサル類で共通性の高い運動機能障害に関するものだからである。この点において,統合失調症双極性障害などのより高次な脳機能に係る精神疾患などの動物モデルとは異なる点を挙げておく必要があろう。

 

8. 引用文献

Ando K, Inoue T, Hikishima K, Komaki Y, Kawai K, Inoue R, Nishime C, Nishinaka E, Urano K, Okano H (2020) Measurement of baseline locomotion and other behavioral traits in a common marmoset model of Parkinson's disease established by a single administration regimen of 1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine: providing reference data for efficacious preclinical evaluations. Behav Pharmacol 31:45-60.

 

Ando K, Maeda J, Inaji M, Okauchi T, Obayashi S, Higuchi M, Suhara T, Tanioka Y (2008) Neurobehavioral protection by single dose l-deprenyl against MPTP-induced parkinsonism in common marmotsets. Psychopharmacology 195:509-516.

 

Ando K, Obayashi S, Nagai Y, Oh-Nishi A, Minamimoto T, Higuchi M, Inoue T, Itoh T, Suhara T (2012) PET analysis of dopaminergic neurodegeneration in relation to immobility in the MPTP-treated common marmoset, a model for Parkinson's disease. PLoS One 7:e46371.

 

Jenner P and Marsden CD. (1986) The actions of 1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine in animals as a model of Parkinson's disease. J Neural Transm Suppl 20:11-39.

 

Langston JW, Forno LS, Rebert CS, Irwin I (1984) Selective nigral toxicity after systemic administration of 1-methyl-4-phenyl-1,2,5,6-tetrahydropyrine (MPTP) in the squirrel monkey. Brain Res 292:390-394, 1984.

 

Yahr MD (1993) Parkinson's disease: new approaches to diagnosis and treatment. Acta Neurol Scand Suppl 146:22-25.

 

安東潔 (2018) 神経毒MPTP 投与によるコモンマーモセットのパーキンソン病モデル – 行動解析による前臨床評価を中心として –. オベリスク Vol. 23,1:14-22.

https://researchmap.jp/read0179769/published_papers/19447809

 

野元正弘 (1995) コ モ ン ・マーモ セ ッ ト(小 型 の サ ル)の 薬 理 学 研 究 へ の 応 用. 日薬理誌 (Folia Pharmacol Japan) 106, 11-18.      PDFをダウンロード (6345K)