神経行動解析研究

 

 

本ブログは,WEBサイト 神経行動解析リンクス (Neurobehavioral Links)

https://sites.google.com/view/behavior100/

の内容に基づいています。

 

1. 神経行動解析

1.1. 本サイト趣旨

本サイトの内容は,神経機能の発現としての行動について,マクロ(巨視的/鳥瞰的)視点からの解析研究です。ここでは,行動という生体の統合的機能を客観的,定量的に計測し,解析する方法論の重要性を基本とします。このような研究視点の広がりが,環 (Link) となり,やがてネットワーク (Links) を形成することを願って,「神経行動解析リンクス」というサイトをたちあげました。

 

上記視点において,実験動物を用いた神経精神疾患に関する基礎的研究と,その応用分野となる前臨床医学研究を対象範囲としています。基礎的研究としては,疾患の症候発現とその測定,症候発現に至るメカニズム解明,それに基づいた治療法開発などが挙げられます。

 

臨床医学研究においては,医薬品,細胞などの治療効果あるいは安全性について,実験動物レベルでの方法開発とそれによるデータ取得が挙げられます。ここでは,ヒトの疾患に関する臨床場面をゴールとしたデータの信頼性について,法的にも担保しうる Good Laboratory Practice (GLP) 基準に基づいた,あるいはその精神を尊重した研究遂行の重要性を考えています。

 

2. 神経行動解析研究

 

2.1.  神経行動解析研究の視点

人は生まれると,まずは泣き,乳を吸い,眠り,刺激に反応し,笑い,やがて音声を発し,それが言葉となり,親兄弟家族と交流し,おもちゃで遊び,さらには家族から社会へと多様な行動レパートリーを広げてゆく。この流れから,行動は内部感覚刺激への反応に始まり,やがて外部感覚刺激への反応を包括してゆくことがわかる。このような反応の基盤には,生体に本来的に備わっている生理学的反射(反応)と行動学的な自発反応(行動)がある。さらには,この両者を土台として,前者は条件反射(反応)となり,後者はオペラント条件反応(行動)という学習行動が成立し,これらが複雑に絡み合い統合されてゆく。いずれも,まずは人体の形態的特性に規定され,その制約条件の中で,生理的機能,生化学的機能,分子生物学的機能,遺伝子要因などの生物学的基盤に規定されている。

 

ここで主題とする行動的側面は,人の一生を通して最も統合的な生体機能である。また,それは,生体の多様な生理学的プロセスなどを含めた最終的アウトプットといえる。健全な行動の背後には,脳と神経系が正常にはたらくことが前提となる。実際には,これらが常に正常とは限らず,様々な神経精神疾患が存在している。また,疾患と診断されなくとも,われわれの脳は極めて脆弱であり,その行動が,常に高い Quality of Life (QOL) あるいは Well Being (WB) を維持し続けられるとは限らない。それゆえ,神経精神疾患の診断と治療法確立にも,また高い QOL あるいは WB 維持のためにも,行動の科学的理解と自身の適切な行動制御が,われわれの人生にとって,最重要課題のひとつとなっている。

 

以上の背景を踏まえた行動理解とその背後にある脳の神経機序解明は,神経科学 ( Neuroscience ) のテーマであり,そのうちのひとつに神経行動解析研究の視点が存在する。なお,経済学において,Micro Economy と Macro Economy の分類があるように,神経科学にも,ニューロンや細胞活動,分子生物学的事象,遺伝子解析などを主題とする Micro Neuroscience と,生体の統合的なシステムとしての行動を研究対象とする Macro Neuroscience の視点があると考えている。本WEBサイトでは,主として後者である Macro Neuroscience 視点での神経行動解析研究について,自由に記載してゆくこととした。

 

2.2. 行動に始まり,行動に終わる

われわれにとっての最大の関心事は,自身の身近な行動であり,他人の行動であろう。たとえ,眼を遠い宇宙のはて,あるいは遠い過去の歴史にむけているつもりであっても,関心事は,やはり人の行動であることを否定できないと思う。さらに,社会も,経済も,政治も,宗教でさえも,そして歴史も,結局は人々の行動の集積の結果であり,それゆえに,これらは,すべてわれわれの関心事とならざるを得ない。

 

もちろん,物理的環境としての世界は,広大無限であり,われわれの認識の範囲をはるかに超えた世界が厳然と存在している。しかし,これのうちのごく限られた微細な部分のみが人間に直接かかわりを持ち,人間行動を規定してゆく。この限局された環境での人間の適応行動あるいは不適応行動の結果が,人間生活,社会,文化,文明,歴史をかたちづくってきたといえる。このような背景を前提とし,世界を人間中心のひとつの微小世界(ミクロコスモス)ととらえれば,この世界のすべては,人間の行動に始まり,行動がゴールとなり,結局はその行動に終わるという視点も想定できると考えている。

 

自身の行動については,四肢体幹の動き,歩行,運動,言語,思考,ゴールに向けた遂行行動などがある。このような行動の際の自覚的,内省的感覚も行動に深く関わる要因といえる。これらの行動の流れのうち,自身で客観的に把握できる側面はほんの一部であり,残りの大部分は,自身の自覚や意識を超えた大きな広がりのなかに存在する。これらいずれの側面においても,身体的構造としての脳の役割は大きく,それ以外には,各種の身体器官や組織が関わっている。そこには形態学的生理学的事象,生化学的事象,細胞学的事象,分子生物学的事象,遺伝子レベルの事象などが細密かつ複雑に絡み合っている。これらの事象は,研究する側が,その研究の進展とともに,研究対象を便宜的に区分したものである。しかし,生体それ自身は,そのような区分とは関わりなく,ひとつの統合的システムとして存在している。このような生体機能の大きなストリームの中で,われわれにはっきりみえている部分としての行動が存在する。この意味において,先にも述べたとおり,行動に始まり,行動がゴールとなり,行動に終わるという視点を想定できると考えて,永年にわたり,神経行動解析研究を実施してきた。

 

2.3.  神経行動解析からみた前臨床医学研究

著者は,大学では心理学を専攻した。大学院課程修了後は,薬物依存の世界的研究者であった柳田知司博士 (1930-2016) から,薬物依存学,薬理学,精神薬理学などのみならず,研究の進め方,論文の書き方などに関する丁寧な指導を受けた。その後も,多くのすぐれた指導者,仲間に恵まれて,神経行動解析研究と前臨床医学研究などを永年にわたり継続できた。

 

研究の内容としては,神経行動解析の視点に立って,神経精神疾患に関する前臨床医学研究を実施することであった。この基礎研究において,実験動物としては,マウス,ラット,コモンマーモセット,カニクイザルザル,アカゲザルを利用した。個別の研究においては,それぞれの実験動物の特性をフル活用することに心がけた。これは,個々の研究目的からみて,それぞれの実験動物の長所と短所を踏まえることであり,特定実験動物に固着して,無理に研究を継続しないようにした。今にして思えば,これは通常では容易なことではなく,実験動物開発を目的とした研究機関に在籍したために可能だった面もあると考えている。

 

また,実験動物を用いた基礎研究の実施については,次の二つの点を念頭においた。第一は,臨床場面において,患者と医師の遭遇している現実であり,第二は,疾患治療薬開発を実施している製薬企業が遭遇している現実についてであった。それぞれについては,自分のわかる範囲内で,研究実施の重要なフィードバックとした。前臨床医学に関する基礎研究では,上記二つの視点からの厳しい眼差しを意識することなしには,研究を継続的に実施することはできないと考えてきた。

 

2.4.  神経行動解析からみた神経精神疾患

多くの神経精神疾患の治療の場合には,まずは行動の変異としての症候に関する診断からスタートする。症候  (Syndrome) には,症状  (symptom)  と徴候  (sign)  が含まれる。症状は,患者が医師に訴える頭痛,吐き気などの患者自身の自覚的な訴えに基づく側面であり,自覚「症状」といわれる。一方,徴候は,症状とは別に,医師が他覚的客観的に患者を診察した結果みとめられる患者の体調や行動変異などである。いずれも,臨床場面での診断において,また神経行動解析学的研究においても,極めて重要なスタート側面ととらえてきた。

 

神経精神疾患の治療場面において,症候に関する診断が確定すると心理療法や投薬などの治療が開始される。そこで,患者の行動上の寛解の程度あるいは症候の軽減が治療のとりあえずのゴールとなろう。例えば,神経疾患であるパーキンソン病の場合には,患者自身あるいは家族が,その運動機能の変異とそれに基づく日常生活での不便に気付き,医師の診断をあおぎ,診断が確定すると投薬などの治療が開始される。この意味において,治療は,行動に始まり,行動がゴールとなるといえよう。

 

2.5.  すべてが行動に始まり,行動に終わるのだろうか?

上記に,治療は,「行動に始まり,行動に終わる」例について述べたが,すべてがそうであろうか? 例えば,パーキンソン病を例にとると,症候をベースに,そう診断された場合にも,それ以前に既に,患者の大脳基底核黒質-線条体ドーパミン神経に変性あるいは脱落が進行しており,これは,Positron Emission Tomography (PET) や Single Photon Emission Tomography (SPECT) などの脳画像解析により,早い段階で診断がつく場合がある。また,家族性パーキンソン病の場合には,α-synuclein, parkin, LRRK2 などの遺伝子変異に基づいて発症することが知られており,遺伝子検査により発症の可能性についての予知はできるであろう。さらに,別の神経変性疾患ハンチントン病の場合には,第4染色体上に局在している遺伝子の変異が原因で発症することが知られている。すなわち,遺伝子 huntingtin がタンパク質をミスコードして,一定の年齢になると神経障害などを発症する可能性が知られている。また,これらの例を示すまでもなく,脳神経外科領域の脳血管性疾患や脳腫瘍などについては,人間ドックなどの脳画像検査により,患者の自覚症状なしに疾患がみつかる場合はいくらでもあろう。以上を踏まえると,当然ながら,神経精神疾患も,身体疾患同様に,すべてが行動に始まり行動に終わるわけではないという指摘があって当然である。

 

神経精神疾患の診断,治療,機序解明のためには,他の身体疾患同様に,遺伝子レベル,分子生物学的事象,細胞学的事象,生化学的事象,形態学的/生理学的/病理学的事象などに関する研究が重要であり,実際これまでもそのような流れの中で神経精神疾患に関する基礎研究は進められてきた。しかし,本WEBサイトでは,生体の統合されたシステムとしての行動そのものについて,客観的にして定量的な精密測定法を駆使する重要性についても強調したいだけである。

 

以上を踏まえて,実験動物を用いた in vivo レベルの前臨床医学研究においては,神経精神疾患の症候の特定側面に,まずは的確な焦点をあててみた。そこで,その焦点について客観的かつ定量的に測定するスタイルで,これまで研究を進めてきた。今にして思うと,このような研究スタイルは,大学での計量心理学と実験行動分析学(注1参照) の教育のお陰と考えている。以後は,これをベースとして,いくつかの研究機関において,少しずつ視野を広げる機会が与えられた。結果的には,そこから各種実験動物を用いた神経精神疾患の基礎研究と前臨床医学研究に専門を広げることができた。

注1)実験行動分析学 (The Experimental Analysis of Behavior) : 本サイト参照 

 

参照 WEB サイト

sites.google.com

 

 

追記:「細胞に始まり,細胞に終わる」世界にも触れて

 行動科学をベースとした研究を永年継続していると,すべては行動に始まり行動に終わるという視点に到達してしまう。しかし,一方で,そのような固定観念から解き離れたいと思い,病理学も独学で勉強した。もともとの心理学専攻者にとっては,生理学を学ぶことも重要と考えてきたが,むしろ病理学を学ぶ方が,門外漢にとって知識を吸収しやすい面があると感じた。その理由は,生理学では,ノーマルな状態を前提とした身体のシステムをひたすら学習するが,病理学では,壊れた身体のシステムを学習することによって,ノーマルなシステムも同時に学べるという2面性が存在し,これは学習しやすい要因と感じた。もちろん,生理学についても病理学についても,どのレベルの勉強をするかということがあり,著者の場合には,ごく初歩的レベルでの話となる。

 

以上については,著者の過去の経験として,行動科学を薬物効果との関連で学んだ行動薬理学の学習にも類似していた。薬物によって変容した行動から,薬物作用と同時に,本来の行動そのものについての2側面について同時に学べるという事実があった。

 

以上から,病理学を学ぶと,すべては細胞(の異常)に始まり,細胞に終わるという視点も出てくる世界の存在を知った。ただし,それは主として身体疾患の解明されている部分についてであり,神経精神疾患のうち,とくに精神疾患,たとえば統合失調症などでは,細胞レベルでの確定がなされていないものも,いまだ存在している。このようなところには,やはり「行動に始まり,行動に終わる」という視点の入り込む余地が,少なくとも現時点では存在すると感じている。なお,大学医学部で,病理学に関する正規の教育を受けて,医療に携わっている医師にとっては,細胞に始まり,細胞に終わるという文言は,本末転倒と感じるであろう。

 

上記の基本的な思考の流れをベースにして,これまで著者が実施してきた研究などについて,その内容で本サイトを構成した。